前田 義昌
27年度の実施計画
本研究では、遺伝子組み換え技術を用いて珪殻表面に無機結晶の成長を促すペプチド(バイオミネラリゼーションペプチド)をディスプレイする。ここに無機イオン前駆体を加えると、珪殻表面上において無機結晶の合成が可能となる。得られる結晶のサイズや、成長する結晶面は、珪殻微細構造内部における無機イオン前駆体の拡散様式に依存して変化すると考えられる。この結晶のサイズや成長する結晶面を指標に、前駆体の拡散状態を解析する。平成27年度は以下の二項目を中心に研究を進める。
(1) 珪殻上でのバイオミネラリゼーションペプチドの発現
珪殻上にZnOの結晶化を促すにバイオミネラリゼーションペプチドなどを固定化する。その際、遺伝子組み換え技術を用い、珪殻の全てのシリカ質の部分に分布しているネイティブなタンパク質(珪殻タンパク質)に融合する形で発現する。これにより、珪殻内のいかなる微細な空間にもバイオミネラリゼーションペプチドを導入することができると考えられる。
(2)珪殻の微細構造内におけるZnO結晶化
珪殻でバイオミネラリゼーションペプチドを発現した組み換え珪藻にZnO結晶の前駆体となる硝酸亜鉛溶液を加え、ZnO結晶化を促す。平成27年度では、まず結晶化が生じたことを確認するために、硝酸亜鉛溶液と反応した組み換え珪藻細胞を粉末X線回折法で解析する。また、ZnO以外の結晶化(AuやTiO2など)を促すペプチドについても同様の実験を行い、その効果を検証する。
27年度の実施報告
本研究では、珪藻細胞壁(珪殻)の微細構造が生み出す栄養源の取り込み機構のメカニズムを解明し、それを規範として、物質が拡散する方向にバイアスをかけ、一定の方向に輸送することのできる微細構造を有した材料の開発に展開することを目指す。
珪藻は地球上のあらゆる水圏環境に適応し、最も繁栄した生物の一つである。その理由として、周期的な微細構造を有する珪殻が物質拡散方向を制御して、栄養源の取り込みに寄与している可能性があることが示唆されている。しかし、どのような微細構造がその機能を生み出しているかは不明である。これを解明し、模倣材料を開発することができれば、栄養輸送脳の高い細胞培養固体培地やイオン輸送効率の高いリチウムイオン電池材料など、様々な応用が期待される。
平成27度までに、珪殻タンパク質Frustulin1をアンカー分子として用いることで、羽状目珪藻Fistulifera solarisの珪殻状に効率的に機能性ペプチドをディスプレイする方法を確立した。本手法を用いて酸化亜鉛結晶化ペプチド、金結晶化ペプチド、酸化チタン結晶化ペプチドをディスプレイさせる遺伝子組み換えベクターをそれぞれ構築し、パーティクルガン法を用いた導入を行った。酸化チタン結晶化ペプチド、金結晶化ペプチドをディスプレイした形質転換体の作出には既に成功し、無機結晶前駆体を混合した培地を用いた培養を開始している。酸化チタン結晶化ペプチドをディスプレイした形質転換体においては、ペプチドをディスプレイしていない野生株と比較してチタン沈着量の増加が確認されており、細胞表面の性状改変が成功していることを示す結果を得ている。一方で、高分解能電子顕微鏡を用いた観察において、酸化チタン結晶の形成を確認することはできていない。これは、沈着した酸化チタンが結晶とならず非晶質として存在しているためであると考えられる。
28年度の実施計画
昨年度までに、珪殻タンパク質Frustulin1をアンカー分子として用いることで、羽状目珪藻Fistulifera solarisの珪殻状に効率的に機能性ペプチドをディスプレイする方法を確立した。本手法を用いて酸化亜鉛結晶化ペプチド、金結晶化ペプチド、酸化チタン結晶化ペプチドをディスプレイさせる遺伝子組み換えベクターをそれぞれ構築し、パーティクルガン法を用いた導入を行った。酸化亜鉛結晶化ペプチド、金結晶化ペプチドをディスプレイした形質転換体の作出には既に成功し、無機結晶前駆体を混合した培地を用いた培養を開始している。そこで平成28年度においては、珪殻微細構造内部における微結晶の成長を、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて解析することに注力する。結晶面の成長方向などから前駆体物質の輸送効率を評価する手法の開発に取り組む。そのための超薄切片作成技術を修得し、高分解能TEMによる観察を実施する予定である。なお、酸化亜鉛結晶化ペプチド発現形質転換体の作出も引き続き行う予定である。
28年度の実施報告
本研究では、シリカ(SiO2)からなる珪藻細胞壁(珪殻)の微細構造が生み出す栄養源の取り込み機構のメカニズムを解明し、それを規範として、物質が拡散する方向にバイアスをかけ、一定の方向に輸送することのできる微細構造を有した材料の開発に展開することを目指す。
平成28年度では、昨年度までに構築した珪殻上への機能性ペプチドディスプレイ技術を利用し、酸化チタン結晶化ペプチドをディスプレイした羽状目珪藻Fistulifera solarisの形質転換体を、様々な条件下において水溶性チタン化合物TiBALDH含有培地で培養した。
この際、他のモデル珪藻が2m M TiBALDH含有培地中では生育できないのに対し、F. solarisは高いチタン耐性を示し、2m M TiBALDH含有培地中でも、TiBALDH未添加時と同等の生育を示すことを見出した。そこで同条件下でチタン沈着の定量、および詳細な局在解析を実施した。チタン沈着量(Ti/Si atomic%)は約10 %に達し、同条件で培養した野生株のチタン沈着量(約6 %)より有意に高かった。
チタン沈着珪殻を培養液から回収し、高分解能電子顕微鏡を用いて解析したところ、非晶質酸化チタンが観察された。そこで、チタン沈着珪殻を焼成処理することで、酸化チタンの結晶化を行い、観察を容易にした。細胞の有機成分を除去して精製したチタン沈着珪殻の局在解析の結果、酸化チタンは珪殻全体にわたり沈着していることが確認された。一方、細胞の有機成分を除去せずに、薄膜化して細胞断面でのチタンの局在解析したところ、珪殻の内側にチタンが複層状に蓄積していることが示唆された。この構造が、どの細胞構造に由来するかを特定するには至らなかったが、珪殻の内側に複層的にチタンを蓄積することで、高いチタン蓄積量を実現したのではないかと考えられた。天然環境下においては、チタンのみならず、その他のミネラル成分なども同様の機構で蓄積される可能性が示唆された。