公募研究班(平成27年度)

椿 玲未

27年度の実施計画

1.水溝系の三次元構造の撮像方法の確立

予備実験において、カイメンの水路の内部の流速はMRI装置でPhase Contrast法を用いた計算から求められることが確かめられている。そこでまず生きた状態のカイメンをMRI装置で撮像し、水路内の水流の有無及び主要な太い水路内の流速を計測する。次にそのMRI撮像個体を固定し、マイクロフォーカスX線CT装置を用いてより詳細な立体構造を明らかにする。MRIはマイクロCTに比べ解像度はかなり劣るが、主要な太い水路を基準とすれば、異なる2通りの方法から得られた三次元構築像の位置合わせが可能となるだろう。この画像アライメント法を開発し、水溝系の解析法を確立する。また、マイクロCTでの撮像に最適な固定方法も模索する。これまでに凍結乾燥法と、水路に樹脂を流し込む型取り法での撮像には成功しているが、これらの方法では構造の破壊がどの程度起こっているのかは不明なので、造影剤を用いて生きたまま撮影できる方法を模索する。

2.水路構造のネットワーク構造の解析手法の確立
マイクロCTで撮影した像から、体内の空所を水路構造として抜き出し、水溝系の立体構造をネットワークとして自動で書き出すプログラムを開発する。得られた水溝系のネットワーク構造をもとに、水路の目詰まりに対する水溝系ネットワークのロバスト性や水の輸送効率をネットワーク理論の観点から定量的に評価する。

27年度の実施報告

海綿動物は、体内に密に張り巡らされた水路(水溝系)を持ち、水路に面した細胞の鞭毛運動によって水流を起こし、水溝系内部に取り込んだ水の中に含まれる微小な粒子を濾しとって食べる。またカイメンは呼吸もこの水路網を介して行う。つまり摂食と呼吸という生命活動の維持に非常に重要な機能をつかさどるカイメンの水路網は、体内の適切な場所に適切な量の水を分配するすぐれたネットワークシステムだと言えよう。そこで本研究では、カイメンの水溝系を水輸送システムと捉え、生物学にとどまらず物理学的、情報工学的なアプローチからもカイメンの水溝系の寄贈を明らかにすることを目的とする。

平成27年度には、カイメンの水溝系の立体構造の三次元構築とその定量的解析手法を開発し、さらに鞭毛運動による水輸送機能についても新たな知見を得ることができた。具体的には、水溝系の立体構造については、まずはマイクロフォーカスX線CT装置でカイメンを撮像し、得られたデータから体内の空所を水路構造として抜き出し、その立体構造をネットワークとして自動的に書き出すプログラムを開発し、ネットワークの機能を解析する基盤が整った。鞭毛運動についてはヨワカイメンEunapius fragilisを対象として解析を進めており、ヨワカイメンの鞭毛運動周波数は同じ科に属するヌマカイメンSpongillia lacustrisですでに報告されているよりもはるかに高速であることが明らかとなった。

28年度の実施計画

平成27年度には計画通りマイクロCTで撮像した像の、体内の空所を水路構造として抜き出し、その立体構造をネットワークとして自動で書き出すプログラムを開発することができたので、得られた水溝系のネットワーク構造をもとに、水路の目詰まりに対する水溝系ネットワークのロバスト性や水の輸送効率をネットワーク理論の観点から定量的に評価する。

さらに、ネットワーク機能の解明のためには、ネットワークのどこにどのくらいの水を輸送する能力があるかを明らかにする必要がある。カイメンは鞭毛運動によって水を輸送するので、鞭毛運動による水の輸送能力を下記の方法で明らかにする。

[材料] 一部のカイメンは、乾燥や低温を乗り越えるための芽球を呼ばれる休眠卵を持ち、発生初期の芽球は比較的単純な水路構造を作る。そこで本研究では、カワカイメンEphydatia fulvatilisの芽球を材料として、鞭毛運動の機能を明らかにする。

・単一襟細胞の観察
カイメンの襟細胞を単離し、高速度カメラで撮影し、運動を解析する。

・生体内での襟細胞室の観察
芽球をスライドグラスとカバーグラスの数十μmの隙間に二次元的に成長させる(サンドウィッチ培養法)。

[水の動きの測定] 水中に蛍光粒子を懸濁させ、その挙動から水の動きを計測するPIV (Particle Imaging Velocimetry)法を用いて鞭毛運動による水の挙動を調べる。

[鞭毛運動の解析] 単一の襟細胞および襟細胞室内の鞭毛運動をハイスピードカメラで撮影し、鞭毛そのものの運動解析と鞭毛周辺水流の数値流体解析を行う。

[水輸送能力の推定] PIV法による水流測定結果と鞭毛周辺の数値流体解析の結果を合わせて、単一鞭毛および襟細胞全体での水輸送能力を推定する。

28年度の実施報告

平成27年度に開発したカイメンの水溝系の立体構造の三次元構築とその定量的解析手法を用いて、マイクロフォーカスX線CT装置で得られた水溝系のネットワークについて解析を進めた。その結果、Hammel et al. 2012がタマカイメン属の一種Tethya wilhelmaで報告した結果と同様に、対象とした潮間帯のカイメン2種でも水路の太さと数に強い負の相関が認められた。また、分岐後の水路の太さの比率は一定ではなかったことから、水路は一定の比率で枝分かれするという従来の説も、Hammel et al.2012と同様に否定される結果となった。

また、水路の形成プロセスと水輸送機能の関係を明らかにするために、淡水海綿の芽球の発生過程の詳細な観察も行った。芽球は低温などの外部刺激で体内に形成されるケイ酸質の殻を持つ海綿特有の無性生殖体で、飼育および観察が容易なことから多くの研究が蓄積されている。通常カイメンは主に水路に面した襟細胞の鞭毛運動によって水の流れを起こすが、発生直後の芽球はまだ骨格の密度が粗いため、水路全体の収縮によっても水の流れを起こすことが知られている。そこで私は、鞭毛運動と収縮という二つの水流発生メカニズムが発生初期の段階でどのように協働するかを調べるため、鞭毛運動の高速度撮影と個体全体のタイムラプス撮影を行った。その結果、発生のある段階で鞭毛運動の速度が顕著に変化したこととは対照的に、収縮リズムには顕著な変化は認められなかった。発生過程での鞭毛運動と収縮のリズムの変化にこのような違いが確認されたが、その背景にあるメカニズムはまだ明らかではなく、今後の課題である。

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