西野 浩史
研究概要
昆虫は外骨格という構造的な制約の中で、我々哺乳類の耳とは異なる小型、高感度の“もうひとつの耳”を進
化させてきた。これまで昆虫の鼓膜の挙動を模倣した補聴器の例はあるが、聴覚器本体に着目したミメティクス
は国内外に例をみない。これは昆虫の聴覚器の詳細な構造や力学的特性についての知見が不足しているためであ
る。コオロギの聴覚器はヒトの聴覚器と同様に音圧検出器として機能し、類似の可聴域 (2~20 kHz)を持つ。
本研究では神経解剖学と生物物理学的計測法を用いた学際的アプローチにより、コオロギの聴覚システム全体
の構造、細胞のサブセルラー構造、および力学的性質を精査する。これにより、ヒトの内耳モデルに比肩しうる
“聴覚器マップ”を作成し、将来の聴覚ミメティクスやロボティクスにつながる基礎的知見を得ることを目的とする。
25年度の実施計画
H25年度は当初の計画通り、音波処理に寄与する経路を網羅的に精査する。振動や音はまず外骨格(クチクラ
)、外骨格内部にある中空の気管、気管の上に組織化された支持細胞、支持細胞に樹状突起を伸ばす感覚細胞へ
と伝達されるため、これらの経路を損なわない観察が不可欠となる。当初計画ではニュージーランド固有の原始
的なコオロギ(ウェタ)の聴覚器を調べることを予定していたが、ウェタの輸入が困難であることが想定される
ため、まずは北大で常時飼育しているフタホシコオロギの鼓膜器官について調べる。具体的には以下1~3の項目
について研究を進める。
1. 脛節まるごと三次元構築
全ての感覚細胞をローダミンビオチン(Invitrogen)の色素注入によって標識した後、単離した聴覚器を周囲
の組織ごと固定後、ルシファーイエローを用いた対比染色を行う。さらに試料は脱水、サリチル酸メチルによる
透徹を行う。共焦点レーザー顕微鏡(LSM5Pascal, Zeiss, 現有)で脛節まるごとのスキャンニングを行う。低
倍観察のために×5倍の対物レンズ(設備備品費で購入)が必要である。ガルバノスキャナーの経年劣化により
取得画像にぶれが生じるため、早急な交換が必要となる(設備備品費で購入)。光学切片スタックはTiff画像に
変換し、専用ソフトAmira(現有)による三次元立体構築を行う。
2.振動受容器、音受容器を構成する全支持細胞の3次元構築
膝下器官と鼓膜器官の全支持細胞をホールマウントで高倍(×40)の油浸対物レンズ(現有)を用いてスキャ
ンニングする。マスを構成する個々の支持細胞全てを3次元立体構築し、振動受容に寄与する支持細胞と音受容
に寄与する支持細胞の構造的な違いを明らかにする。また、どの感覚細胞の樹状突起と支持細胞が対応するのか
を明らかにする。
3.感覚細胞と支持細胞のサブセルラー領域精査
感覚細胞をローダミンビオチン、細胞核をDAPI、細胞中のアクチン繊維をファロイジンにより弁別染色する。
感覚細胞の刺激受容部位(樹状突起)の構造に着目し、油浸対物レンズを用いて樹状突起と支持細胞との付着点
を詳細に観察する。また、支持細胞の表面構造についても精査する。