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【2014. 9. 24】第63回高分子討論会 1日目 活動報告

2014年09月24日

日時:2014. 9. 24-26

場所:長崎県

会議レポート:第63回高分子討論会、V会場「生物模倣による新規機能性材料・次世代型プロセスの創生」9月24日分

吉岡伸也(大阪大学)

 2014年9月24-26日、第63回高分子討論会(長崎大学)において「生物模倣による新規機能性材料・次世代型プロセスの創生」と題するセッションが開催された。客観的な会議報告をすることは私の力量を超えているが、9/24日に発表された中で印象に残った講演をいくつか紹介したい。

バイオミメティクス分野は、生物学者と工学者が同じくらいの数で参加するのが理想形ではないだろうか。しかし、現状では応用開発を目指す研究に比べて、生物サイドの研究が少なく、ややバランスが悪いように感じている。そのこともあって、24日最初の室崎先生(千歳科学技術大学)の講演は印象に残った。フジツボなどの着生生物は、船底につくと航行の燃費を悪化させる。また、発電所の取水口が汚れると動作に影響を与えかねない。それらの問題の解決の糸口を探るため、フジツボが着生位置を決める段階であるキプリス幼生の行動を詳しく調べた研究報告である。キプリス幼生が一体何を判断基準に着生位置を決めるのか?無数にあるパラメータの中から、現象の本質を探るプロセスには、サイエンスとしての面白さを感じた。発表では、様々な形状を持つ表面構造を作成し、探索行動を詳しく観察することで、着生しやすい表面とそうでない表面があることを明確に示された。今後、キプリス幼生の探索行動について、さらに知見が深まることを期待したい。

東北大学の和田先生は新しい原理に基づく高速CDスペクトルの測定装置について報告された。既存の装置の分析感度と測定時間を大幅に改善し、既に新しい研究成果が得られていることを紹介された。ともすれば、“分析装置は機器メーカーが作るもの”と思い込み、研究者はユーザーになってしまいがちである。測定原理を一から見直し、新しい装置を開発することの重要さをあらためて学んだ気がする。今後、この装置を用いて次々と研究成果が生み出されるのではないだろうか。

産総研の浦田先生の研究も印象に残った発表の一つである。多くの生物は分泌物を出して、撥水効果や摩擦の低減を図っている。そのような芸当は生きているから可能であって、バイオミメティクスとして模倣せよと言われても、材料科学に疎い私にはどうしてよいのかさっぱりわからない。しかし、浦田先生はゲルに離漿性と呼ばれる性質を持たせることで液体の枯渇を防ぎ、機能を持続させる材料を開発した。もちろん現実的な応用までには、解決すべき課題はあるのだとは思うが、生物の分泌を模倣したこのような工夫がありうることに新鮮さを感じた。

午後には、下澤先生(北海道大学名誉教授)による招待講演が、「鰯の頭も信心から」という演題で行われた。酒の肴であった鰯(煮干し)が輝いていることに疑問を抱き、すぐに電顕観察を行ったとのこと。その行動の素早さには頭が下がる。電顕観察によってグアニン結晶と思われる薄片が煮干しの輝きの原因であることを推定した後、話題はモスアイ構造の多機能性に移った。この研究のきっかけも、太陽光の下で輝きを放たないエゾハルゼミに不思議さを感じた日常的な観察にあるという。セミの翅の表面構造(モスアイ構造)は、光の反射を抑制する機能だけでなく、昆虫を滑落させる性質を持つことを、分かりやすい動画を用いて示された。また、そのことを利用して、光の反射防止フィルムとして開発された材料が、そのまま誘蛾灯に転用できることを実証機の製作と併せて紹介された。発表を聴いていて特に印象に残ったのは“信心”と研究について語られた場面である。鰯の頭の観察では、何か新しいものを生み出すほどには、信心はまだ十分ではなかったが、セミの翅に関しては十分であったのだろう、と冗談めかして話された。もちろん、研究の進展には様々な要因があり、信心の深さだけで成否がきまるわけではないだろう。しかし、研究活動は論理的に攻めるだけでは行き詰ってしまうことがほとんどである。そのとき何が突破口となるのか、どうやったらセレンディピティーが見つかるのか。そこには、ある意味“信心”としか表しようながい、研究者のこだわりが重要なのかもしれない。自然を手本にして新しいテクノロジーを生み出すこの分野の研究者の一人として、生物に学ぶという“信心”を一層深くせねばと思った。夜に食べたきびなごの輝きが信仰の一つの対象になりそうである。

ところで会議が行われた長崎ほど平和を祈念するのにふさわしい場所はないだろう。私が宿泊したホテルは思いがけず爆心地のすぐそばに位置していた。原爆資料館の展示物に悲惨さを感じながら、一抹の不安を抱いた。サメ肌に学ぶことは魚雷の性能を上げることにはならないのか、昆虫の飛翔に学ぶことは新たな殺傷兵器の開発につながらないのか。バイオミメティクス研究はいくつかの成功例を除いては、まだまだ発展途上であるし、そのようなことを気にする段階ではないかもしれない。しかし、研究が真に平和で持続可能な社会の創生につながるにはどうしたらよいのか、という問題意識を忘れてはならないと感じた。

 

 

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