B01-2
研究概要
生物の生命活動が汎用元素であるところのC, N, H, Oによって維持されていることはよく知られた事実である。しかし、これらの汎用元素のみを材料として造られる構造が大変優れた機能を有していることはあま り知られておらず、この点に我々は着目している。例えば、タマムシの鞘翅は多層膜構造による干渉によって鮮やかな色を創出すると同時に、種内コミュニケー ションの信号を発信する役割を持っている。更には、飛翔のために軽く、かつ十分な強度をもち、セルフクリーニング機能を兼ね備えている。また、多くの昆虫 の複眼表面にはモスアイ構造と呼ばれる高さ数百ナノメートルの微小突起の集合が存在し、集光効率を上げている。このような生物表面がもつ多機能性の詳細 と、それがC, N, H, Oの4元素を基本とする有機物によって維持されていることはわかっているが、どのようなメカニズムで機能が達成されているか、また、どのように形成されて いるかについては不明な部分が多い。
加えて、生物が生命活動に利用している表面構造には欠陥や不規則性が多く含まれているにもかかわらず十分な機能を発現している。しかし、そのような特徴を持つ生物表皮の自己組織化現象にも解明されていない点が多い。
そこで、B01-2 班では生物表面構造を規範とした材料設計を目指して、表面構造が持つ機能を数理的に解析すると共に、構造形成の生産プロセスをも学んでいく。さらに、それ らから得られる知見を工学的材料の設計・作製に活用していく。これは、生物がもつ仕組みを工学者が知り、インスパイアされ、工学者の発想が再び生物学者の 研究にフィードバックされるというウィンウィンの関係を成立させる新たな取り組みであるといえる。そうした活動を通して、生物が光学材料としての機能を達 成しているメカニズムを明らかにすること、高機能でかつ自然に優しい光学材料を手に入れること、を班全体として目指す。
研究目的
世界的に、生物表面の構造が創出する光学的特性が注目され、サブセルラー・サイズ(ミクロン・ナノ)レベルの解析によって人間が利用できる光学機器の提案がなされている。しかし、これらの提案はそれぞれの生物がもつ特徴をピックアップして技術開発しているだけであり、細胞外に分泌された高分子が、どのように自己組織的に生物表面構造の形態形成に関与しているかについての研究例はない。われわれは、欧米各国の研究・開発レベルにとどまらず、生物表面がもつ特性を一般化し人間が利用可能にすること、生物素子の形成過程を学び自己組織的形成過程を規範としてトップダウンおよびボトムアップ型の工業製品として制作できる新産業構造の提案を日本発かつ日本主導型で行い、その光学材料形成を具現化することを目的とする。
28年度の実施計画
1) 自己組織的作成方法による高輝度表面構造の作成:
オパール粒子の支持基板の素材特性を検討し、3次元構造体への集積技術を拡大して表面積の大きな材料表面にも適応可能にし、光学的特性の計測を行った(不動寺、石井、吉岡)。H28年度は、この材料表面を用いて生物制御技術の確立を測り(不動寺、針山)、これまでのモスアイ技術と合わせて、班間連携の上、太陽電池作製技術への応用に資する。
2) 生物の形態形成の観察と工業化への検討:
これまでに透過型電子顕微鏡、NanoSuit(R)法によるSEM観察と遺伝子制御技術と併用し、3D-SEMを駆使して蛹から成虫脱皮する際に、細胞内アクチン繊維を細胞骨格とする微絨毛の出現と、細胞外分泌物のナノ構造体の形成の関係がわかった(木村、下村、針山)。H28年度は、分泌物の構造体と微絨毛の相互関係を数学的解析とともに解明する(久保、木村、下村、針山)。
3) 生物の厳密ではない構造が持つ緻密な機能についての解析:
robustnessをもっているともいえる良い意味での厳密ではない生物のデザイン・機能性は、つまり、「ある範囲の不規則性は無反射性などの機能の障害にはならない」ことを意味し、有力な工学的設計指針になると考えられた。A01班がもつ生物データベースに基づきサブセルラー・サイズ内に隠れている普遍性について調査(石井、下村、針山)し、種によらない普遍性を探り、その“構造的乱れ・ゆらぎ”に大きく影響を受けない“機能安定性”の起源を物理学的・数学的学理によって明らかにしてきた(吉岡、久保)。H28年度は、上記光学的特性とともに、モスアイ構造など同じナノ構造がもつ多機能性について、どの機能についても“機能安定性”があるかの研究を推進し、工学的利用を検討する。